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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
無言の行が永引くにつれて、彼の全身には、ジットリと脂汗が浮かび、息遣いさえ異様にはずんで来るのを、どうすることもできなかった。
ふと気がつくと、頭の上に、人でも歩いているような気配が感じられた。二階の闇の中を、誰か歩いているのかしら。ハッとして、耳をすましたが、その物音は二三度ミシミシと幽に鳴ったばかりでやんでしまった。
気のせいかしら、今のは耳鳴りの音だったのかしらと怪しんでいると、今度は、すぐ次の間の梯子段がミシミシと鳴りはじめた。
足音を忍ばせて、何者かが階下へ降りて来る様子だ。
すると、闇の中から、誰かの手がニューッと伸びて、林助手の肩先をグッと押えつけた。宗像博士の手だ。博士が身動きしてはいけないと、無言の指図をしたのだ。そんな指図を受けなくても、林助手はもう金縛りにでもあったように身がすくんで、足音の主に立向って行くような勇気は少しもなかった。
まさかお化けや幽霊ではあるまい。幽霊が足音を立てる筈はない。では一体何者であろう。林助手にはそれがおぼろげに分っていた。分っているからこそ、一入恐ろしいのだ。
やっと階段の軋みがやむと、次の間の闇の中に、朦朧として黒い人影が浮び出した。