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だんがいのさっかく

断崖の錯覚

黒木 舜平

「文化公論 第四巻第四号」1934(昭和9)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,483 字 · 26 页

青空文庫

私は、ほっと安心した。それでは、私のことだ。百花楼のおなじ名前の作家がふたりいる筈がない。

「どうして百花楼にいることなんか知れたんだろう。」

「それあ、判るわ。私、小説が少し好きなの。だから、気をつけてるの。宿屋のお女中さんたちから聞いたわ。なんと言ったって、狭いまちのことだもの。それあ、判るわ。」

「君は、あいつの小説、好きかね。」

私は、わざと意味ありげに、にやにや笑った。

「大好き。あの人の花物語という小説、」言いかけて、ふっと口を噤んだ。「あら! あなただわ。まあ、私、どうしよう。写真で知ってるわよ。知ってるわよ。」

私は夢みる心地であった。私が、かの新進作家と似ているとは! しかし、いまは躊躇するときでない。私は機を逸せず、からからと高笑いした。

「まあ、おひとが悪いのねえ。」少女は、酒でほんのり赤らんでいる頬をいっそう赤らめた。「私も馬鹿だわねえ。ひとめ見て、すぐ判らなけれあ、いけない筈なのに。でも、お写真より、ずっと若くて、お綺麗なんだもの。あなたは美男子よ。いいお顔だわ。きのうおいでになったとき、私、すぐ。」

「よせ、よせ。僕におだては、きかないよ。