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だんがいのさっかく

断崖の錯覚

黒木 舜平

「文化公論 第四巻第四号」1934(昭和9)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,483 字 · 26 页

青空文庫

しかし、ウイスキイのグラスは日本髪の少女の手で私のテエブルに運ばれて来た。

私は当惑した。私はいままで、ウイスキイなど飲んだことがなかったのである。グラスをしばらく見つめてから、深い溜息とともにカウンタア・ボックスの少女の方をちらと見あげた。断髪の少女は、花のように笑った。私は荒鷲のようにたけりたけって、グラスをつかんだ。飲んだ。ああ、私はそのときのほろにがい酒の甘さを、いまだに忘れることができないのである。ほとんど、一息に飲みほした。

「もう一杯。」

まったく大人のような図太さで、私はグラスをカウンタア・ボックスの方へぐっと差しだした。日本髪の少女は、枯れかけた、鉢の木の枝をわけて、私のテエブルに近寄った。

「いや、君のために飲むのじゃないよ。」

私は追い払うように左手を振った。新進作家には、それぐらいの潔癖があってもいいと思ったのである。

「ごあいさつだわねえ。」

女中あがりらしいその少女は、品のない口調でそう叫んで、私の傍の椅子にべったり坐った。

「はっはっはっは。」

私はひとくせありげに高笑いした。酔ぱらう心の不思議を、私はそのときはじめて体験したのである。