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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

「なに。長嶋の様子が一変したと? ……。それはいかなるわけじゃ」

「一時はほとんど岐阜表を空にして、総がかりに長嶋へ攻めかかるやに見えましたところ――信長が長嶋の戦場に着いたかと思うと、即日、総引揚げを命じ、かなりな犠牲をも払いながら、潮のごとく、ひっ返してしまいました」

「ええ、引揚げた……とか?」

「織田の麾下さえ、意外であったらしく、味方と味方のあいだにすら、信長の意中が解せぬと、すくなからず狼狽の者もありましたが」

「……喰えぬやつ哉!」

信玄は舌をならして、しばしは唇を噛んでいたが、

「織田が、長嶋から手を引いては、虚をついて、この信玄が、三遠の平野に家康をよび出して討ち懲らそうとしたのも画餅となった。――危うし危うし」

つぶやいて、急に、

「信房、信房」

と、あわてて堂房の一間へ向って呼びたてた。そして、きょうの軍議によって決定した出陣のことはにわかに取り止めるという旨を、すぐ家中へ沙汰せよといいつけた。

老臣の馬場信房さえ、その理由を問う間もなかった。まして、つい今しがた、ここを退出したばかりの諸将は、

「はて、今を措いては、徳川家を切りくずす好機はあるまいに」