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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

04 第四分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页

青空文庫

駒のたてがみや、鞍総にも火がついた。

「――死のうは一定」

この一語は、彼の心の護符だった。生死の境に立つと、われ知らず、念仏のように、また、謡の文句のように、唇から衝いて出た。

屍、屍、屍。

敵味方の無数の死骸も、踏みこえ、躍りこえ、突撃してゆく彼の眼には、一掬の涙もなかった。

死のうは一定――生身の我も、路傍の死者も、彼は差別を思わないのである。

山科から大津へ。

途々、乱離として、往来に焼け倒れている民家の火の梁も、焔のうずも、彼の行くを妨げることはできなかった。

彼の身そのものが、すでに一炬の炎であった。

駈けつづく彼の幕下も一団の火となって、

「信治様の弔い合戦」

「森、青池、道家殿などの怨みを雪がずに措こうか」

と、猛進してきた。

が、三井寺にも唐崎にも――来てみればもう敵は一兵も見えなかった。すべて叡山へ逃げ上ってしまったのである。

「おお。逃げ足の迅さよ」

――仰ぐと。

鈴ヶ峰、青山岳、坪笠谷のあたりまで、敵の二万余に、一山の僧兵を加えた大軍が、

(逃げたのではない。この陣容がものをいうのはこれからだ)

と、誇示するかのように、旗差物をひるがえしていた。