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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
02 第二分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页
尾張の弱小なことも、国主の貧乏な点も、よく弁えていながらです。他の大国の領民のように、戦乱や明日の生活に脅えておらぬのが、不思議に見えるくらいです」
「……ム、ム。なぜかな」
「信長自身が、そうした気性だからでしょう。曇らば曇れ、照る日もある。今はこうだが、未来はこうぞと、指さす的へ、人心を集めております。というて、陰気にいじけている領民ではありません。例えば、祭の行事などにいたしても……」
と、云いかけて、何思い出したか、甚七は語らぬうちに、苦笑しだした。
「その祭については、実は、失敗ばなしがありますので――」
と、甚七は、清洲城下の祭の夜、巷の中にゆくりなく信長主従の微行を見かけ、むらむらと奇功に駆られたまま、信長を刺そうとして、かえって捕えられて、憂き目に会ったことを、
「……どうもこれは、余り自慢にもならぬことですが」
と、話し終って、頭を掻いた。
元康は、笑いもせず、
「そちらしくもないことをする」
と、軽率を誡めた。
「以後は」
と、甚七は、頭を下げながら、余事までしゃべりすぎたことを後悔した。
そして、ひそかに胸のうちで、ことし二十六歳の信長と、十八歳になる元康とを、較べる気もなく思い較べていた。