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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
02 第二分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页
「は、は、は、は……」
突然、義元は笑った。
笑う時は、少し身を斜めにして、美しく染めた唇の鉄漿へ、銀杏形の扇子を当てて笑うのが、彼のいつもする癖だった。
「三、四千とな。……ようまあ、それで一国を支えておるものじゃのう。儂が上洛の途に当って、心すべき敵は織田であると、長老も仰せらるるし、そちどもも織田織田としきりに申すゆえ、主計に仔細を書きあげさせてみたわけじゃが……たんだ三、四千の兵が、義元の軍勢の前に何するものじゃ。鎧袖の一触、蹴ちらして押し通るに何の造作があろう」
雪斎は沈黙していた。
牟礼主水正、庵原将監、斎藤掃部助なども、ひとしく口を緘していた。
義元のうごかない決意を知っているからである。
既に――
この計画は数年来のものであり、今川家の軍備も内政も、あらゆる施設の方向は、義元の上洛と天下制覇の目標にあったのである。――機、今や熟し、義元の胸にも、その鬱勃は、待つまでもなく、迫りきっているのだった。
それを、この春から、いざ決行となりながら、評議をかさね、今もって実現に至らないでいるのは、この中枢部の内にも、まだ時機であるまいという――尚早論者があるからであった。