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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

「しめたッ」

「全軍、急速に退け」

と、槍を高く振って、炎々と焼けている部落の真ん中を駈け通って、敵の弾音も、また、嗤う声も背にして、潮のように退いて行った。

大高城から二十町ほど距った街道の横に、密生した松山が幾つかある。

そこの松山の頂に、物見していた部将が、谺のような声を出して、山蔭の闇を見下ろしながら、いちいち報告していた。

――寺部の附近で、火の手があがりましたぞ。

火炎は七ヵ所程に。

ややしばらく、間を措いてから。

「鷲津の敵が、寺部のほうへと、駈けつけて行きまする! 二百! 三百余り! ――総勢で、四、五百の兵とみえまする」

山蔭の闇からは、何の答えもない。墨壺のような暗さである。

物見の声が、また響いた。

「おお! 丸根の砦の人数も。――鷲津、丸根の二砦、今は、兵を挙げて、寺部の大事と、駈け行きました」

そのことばが終ると同時に、山間に点々と燃えいぶりだした松明が、二十、三十、五十と増して、そこらの山肌を赤く染めだした。

「それッ」

兵機をつかんだ一軍団が、真っ黒にそこから駈け出した。それは、寺部へ寺部へと驀しぐらに前進するうちに、味方さえ知れぬほど迅速に、熱田街道から横道へ外れて、そこに潜んでいた松平元康の旗下約四百の兵と、千余頭の背へ兵糧を積んでいる小荷駄隊の馬の列であった。