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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

そのうちに、表のほうで、

「お使いじゃ。嫁御から聟どのへ、お式日の文初めのお使いじゃ」

と、鄭重のうちにもどやどやして、やがて蒔絵の文筥の房長なのを恐々持った近所の内儀が、

「おや、そういえば、聟どのは一体どこにお在でなされてじゃ。まだ行水をつこうておいでかの」

藤吉郎は、縁の端から、

「これにおります。これにおります」

「ま。そんな所に」

と、文筥を恭しく出して、

「嫁御様からの、文初めでござります。お武家のことゆえ、古いお式も、堅く遊ばすものとみえます。聟君からも、何ぞ一筆、書いてお返しなさるのが、お作法でござりますゆえ、一筆、お認めなされませ」

「何と書くのでござりますか」

「ほ、ほ、ほ」

内儀は、笑うのみで、教えてもくれない。そしてただ料紙と硯筥とを藤吉郎の前へ持って来た。

文通いとか文初めとかいう式は、古い平安頃からの聟取りの慣わしらしいが、近頃は戦乱多事な世でもあり、もしまた、聟君が悪筆なために、当惑させてはなるまいという例もしばしばあって、今はめったに行われない儀式なのである。

だが、足利義満将軍の頃に、武家の婚礼儀式はかなり作法やかましく定められたことがあって、それが風習となって今でも家柄の古い武人は、どことなく真似事でもしなければ気のすまない風がある。