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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
02 第二分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页
「やあ、木下殿か」
「おはやいこと」
「ご大儀でござる」
兵は、槍囲いを解いて、彼の颯爽たる姿に、通路を与えた。
武者溜りの前を通ると、赤い火がいぶっていた。その中で、寝起きの武者たちは、籠手の紐をむすんだり、草鞋の緒をかためたり、弓や鉄砲を調べたり――物々しい騒めきを描いていた。
わき見もせず、彼はお厩のほうへ急いで行った。――すると自分より一歩先に、お厩の内から、主君信長の愛馬を曳き出してゆく者があった。
厩番の侍たちは、その若武者に頤で使われて、ただ彼の命じるままに動いていた。見れば、お厩方の者とも見えないので、藤吉郎は追いすがって、
「やあ、そのお駒は、てまえにお渡し給わりたい。厩衆の木下藤吉郎でござる。主君のお馬の口取はこの方の役目でもござれば――」
と、いった。
若い武者は、振り向いた。
そしてニコと笑いながら、
「猿殿か。――おお、殿にはすでに、お表までお出ましになっておられる。はやく曳いて行かれい」
素直に、口輪を渡してくれた。
それは前田犬千代だった。しかし犬千代も藤吉郎も、寧子の問題などは忘れ果てて、主君の愛馬を取りかこみながら、鏘々と、金属的なひびきを立てながら、大玄関のほうへ駈けて行った。