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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

02 第二分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,406 字 · 381 页

青空文庫

一益の通称は、彦右衛門といった。織田方では一方の部隊長であり、鉄砲に詳しく、射撃の上手だった。

が――信長は、彼の射術よりも彼の才智をずっと上に認めていた。

雄弁家ではないが、彼の諄々と物いう弁才は、非常に尤もらしく聞えるのが特長であった。真面目で、常識に富んでいて、それでなかなか眼はしもきくのである。以て、外交の衝に当らせるには適材であると、信長は見ている。

「待っていたぞ」

深夜であったが、信長はもう出座していた。

「ただ今、戻りました」

一益は、旅装もそのまま、平伏していた。

こういう折に、

(汚れ果てた旅装のまま、君前に出ては、御無礼にあたる)

などと思い過して、衣服や髪を整えたり、汗のにおいなど洗い消してから、さてと、御前へ出たりすると、

(花見の使いに行ったか)

などと、頭から不機嫌な叱りをうける例を、まま同僚に見ているので、馬臭い身装のまま、

(ただ今)

と、喘ぎも止まらぬうちに両手をつかえたがよいのであった。

その代りに、信長もまた、使臣を長く待たせておいて、悠々と出座するなどという例しはめったにない。

「どうであった?」

待ち構えていていうのである。