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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

(お水を)

と、すすめても、信長は、彼の顔などは見もしなかったし、ウムともいわなかった。黙って、塗柄杓の柄を取ると、一息に飲みほして、藤吉郎の手に返し、

「五郎左を呼べ。五郎左を」

と、命じた。

その答えは、近侍がした。あわててそこへ集まって来た家臣のうちから、一人がまた、彼方へ駈けて行った。

五郎左は、馬場の柳に、駒を繋いでいたが、信長の召しを聞くと、

「ただ今、御前へ参ろうと存じているところ――」

と、答えた。

そして悠々と汗をぬぐい、襟をかき合わせ、刀の笄を抜いて、乱れた髪の毛を撫でつけていた。

五郎左は、主君の前へ出るまでに、もう或る覚悟をきめていた。

信長の気色から推して、信長の近侍たちもまた、彼の身が、ただではすむまいと固唾をのんで、差し控えていた。

「五郎左にございまする。ただ今は、失礼を仕りました」

覚悟の程は、肚の底にすえていても――こういってひざまずいた五郎左の物腰は、涼やかなものだった。

案外、信長もまた、彼の神妙な態度に、面をやわらげて、

「五郎左、よく追ったのう。そちはいったい、いつの間に、あのような名馬を手に入れたか。あの鹿毛は、何と申すか」