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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
01 第一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页
遺族に対しては、だから何の遺書もなかった。
ただ一通。
御主君へ――
と、信長へ宛てて遺書があった。遺書はすぐ、城へ届けられた。
「何。爺が――?」
彼の死を聞いた時、信長の顔には、大きな愕きが走った。
遺書は長文で、言々句々が、中務の真心をこめた、苦諫の文字であった。
死をもって、中務は、信長を諫めたのである。信長が天成の大器であることも、その長所をもよく知っている中務の諫言だけに、信長はそれを読んでゆくうちに、涙より先に、びしびしと、鞭打たれるような、真実の痛さを胸にうけた。
「爺よ。ゆるせ」
信長は、声をもらして泣いた。
中務に対しては、わがままの云いたい放題をいい、また、内外の苦労をかけ通して来ただけに、君臣とはいえ、父以上な親しみを抱いていたのである。――たとえば今度のことなども、わがままを出しやすい彼へ、例によって、知りつつわがままを振舞っていたのだった。
「五郎左を呼べ」
すぐ命じた。
やがて、五郎左が見えて、平伏すると、信長は席を立って、対坐になり、
「爺の云い遺したこと、一言もあまさず、信長の胸に沁みてぞ。終生忘れはおかぬぞよ。詫びは、それしかない。