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にっき
日記
宮本 百合子
06 一九二〇年(大正九年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,923 字 · 46 页
自分が行かなければならないときめ、彼も許し、切角平穏な感情で居るのに、それを又自分から涙っぽいものには仕たくなかったのである。汽車の中は非常に暑かった。殆ど辛棒が出来ない程、特に、青森急行に二等が一つほかないと云うのでこみかたは激しいという以上である。眼鏡がないので外の景色を見てもなぐさまない。持って来た Saints' Progress をよむ。上手に、暖い心を以て書いてあると思う。電報が早く着いて居たので、迎えが来て居て都合がよかった。自分はまるで、蒸し風呂のような中に居ながらも此から出来る仕事、サレーンな心持を思って、楽しいと云うに近い五時間を過したのだ。が、夜中に目がさめて、実に、何とも云いようのないことを発見した。それは自分が、何よりも必要な、「黄銅時代」の筋書を食堂のテーブルの下に忘れて来てしまったことなのである。何と云うことなのか! 実に何と云う。自分は気がついた時に、思わずひや汗を掻いた。恥を知れ! 我心。此の一事で、もう自分は、今日まで屡※(二の字点、1-2-22)母上の云われた放心を否定出来なく成ってしまった。其ほど自分は自信と自負とを同時に打ち挫かれたのだ。