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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

「ああ、やっぱり夢じゃなかったんか」という。重吉がからから笑い、

「そうじゃあるかい、夢じゃろがい」

「いいやの、夢で隼太の奴が、死んだのは嘘じゃ嘘じゃいいくさってのう」

そうしたいねの夢は昼も夜もつづいた。きゅうに起き上って何かを掴んでは懐に入れる格好をくりかえす。ゆり覚ますと、可愛らしいヒヨコがそこらいっぱいおったのだといったり、ある時は長い舌を出して口のはたをベロベロなめ回しているので実枝が驚いて声をかけると、水飴が口のはたにくっついていくらなめてもべたべたして気色が悪いと、覚めたあとまでなお口の回りを指先でこすったりした。しかし、はっきりと目の覚めている時のいねは、そんな夢とは遠い昔のままの母親であった。ある時ひょっこりと知らせもなしに帰ってきた高子に、いねは、

「東京っちゃ朝はどんなのを食べるんぞい」

とまずたずねた。見舞に来たのだとはいうが、高子は浮かぬ顔をしており、見覚えのある着物のほか何一つ新しい持物はなかった。自分の意志をむりに通しその結婚の相手である高本正昭の両親や兄弟の反対をふっとばして、半ば押しかけ的に高本のいる東京へ一人で行った高子であった。