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ほんじょりょうごく

本所両国

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,005 字 · 43 页

青空文庫

柳島

』

川蒸汽は僕等の話の中に厩橋の下へはいって行った。薄暗い橋の下だけは浪の色もさすがに蒼んでいた。僕は昔は渡し船へ乗ると、――いや、時には橋を渡る時さえ、磯臭い匂のしたことを思い出した。しかし今日の大川の水は何の匂も持っていない。若し又持っているとすれば、唯泥臭い匂だけであろう。……

『あの橋は今度出来る駒形橋ですね?』

O君は生憎僕の問に答えることは出来なかった。駒形は僕の小学時代には大抵「コマカタ」と呼んでいたものである。が、それもとうの昔に「コマガタ」と発音するようになってしまった。「君は今駒形あたりほとゝぎす」を作った遊女も或いは「コマカタ」と澄んだ音を「ほとゝぎす」の声に響かせたかったかも知れない。支那人は「文章は千古の事」といった。が、文章もおのずから匂を失ってしまうことは大川の水に変らないのである。

柳島

僕等は川蒸汽を下りて吾妻橋の袂へ出、そこへ来合せた円タクに乗って柳島へ向うことにした。この吾妻橋から柳島へ至る電車道は前後に二、三度しか通った覚えはない。まして電車の通らない前には一度も通ったことはなかったであろう。一度も?――若し一度でも通ったとすれば、それは僕の小学時代に業平橋かどこかにあった或かなり大きい寺へ葬式に行った時だけである。