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ほんじょりょうごく

本所両国

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,005 字 · 43 页

青空文庫

両国

の一人に違いなかった。かれは叔父を尻目にかけながら、にやにや笑って歩いていた。叔父はかれを一目見たぎり、二度と長い釣竿の先から目をあげずにいたとかいうことである。……

僕は小学時代にも「大溝」のそばを通る度にこの叔父の話を思い出した。叔父は「御維新」以前には新刀無念流の剣客だった。(叔父が安房上総へ武者修行に出かけ、二刀流の剣客と試合をした話も矢張り僕を喜ばせたものである。)それから「御維新」前後には彰義隊に加わる志を持っていた。最後に僕の知っている頃には年をとった猫背の測量技師だった。「大溝」は今日の本所にはない。叔父もまた大正の末年に食道癌を病んで死んでしまった。本所の印象記の一節にこういうことを加えるのは或は私事に及び過ぎるのであろう。しかし僕はO君と一しょに両国橋を渡りながら大川の向うに立ち並んだ無数のバラックを眺めた時には実際烈しい流転の相に驚かない訳には行かなかった。僕の「大溝」を思い出したり、その又「大溝」に釣をしていた叔父を思い出したりすることも、必ずしも偶然ではないのである。

両国

両国の鉄橋は震災前と変らないといっても差支えない。