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ほんじょりょうごく

本所両国

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,005 字 · 43 页

青空文庫

も今は食堂に変っている。尤もこの家は焼けずにすんだらしい。現に古風な家の一部やあれ果てた庭なども残っている。けれどもすりガラスへ緑いろに「食堂」と書いた軒灯は少なくとも僕にははかなかった。僕は勿論「橋本」の料理を云々する程の通人ではない。のみならず「橋本」へ来たことさえあるかないかわからない位である。が、五代目菊五郎の最初の脳溢血を起したのは確かこの「橋本」の二階だったであろう。

掘割を隔てた妙見様も今ではもうすっかり裸になっている。それから掘割に沿うた往来も――僕は中学時代に蕪村句集を読み、「君行くや柳緑に路長し」という句に出会った時、この往来にあった柳を思い出さずにはいられなかった。しかし今僕等の歩いているのは有田ドラックや愛聖館の並んだせせこましいなりににぎやかな往来である。近頃私娼の多いとかいうのも恐らくはこの往来の裏あたりであろう。僕は浅草千束町にまだ私娼の多かった頃の夜の景色を覚えている。それは窓ごとに火かげのさした十二階の聳えているために殆ど荘厳な気のするものだった。が、この往来はどちらへ抜けてもボオドレエル的色彩などは全然見つからないのに違いない。