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ほんじょりょうごく

本所両国

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,005 字 · 43 页

青空文庫

いや、昔に変っていないのは筆塚や石の牛も同じことである。僕は僕の小学時代に古い筆を何本も筆塚へ納めたことを思い出した。(が、僕の字は何年たっても一向上達する容子はない。)それから又石の牛の額へ銭を投げてのせることに苦心したことも思い出した。こういう時に投げる銭は今のように一銭銅貨ではない。大抵は五厘か寛永通宝である。その又穴銭の中の文銭を集め、所謂「文銭の指環」を拵えたのも何年前の流行であろう。僕等は拝殿の前へ立ち止まり、ちょっと帽をとってお時宜をした。

「太鼓橋も昔の通りですか?」

「ええ、しかしこんなに小さかったかな。」

「子供の時に大きいと思ったものは存外あとでは小さいものですね。」

「それは太鼓橋ばかりじゃないかも知れない。」

僕等はのれんをかけた掛け茶屋越しにどんより水光りのする池を見ながら、やっと短い花房を垂らした藤棚の下を歩いて行った。この掛け茶屋や藤棚もやはり昔に変っていない。しかし木の下や池のほとりに古人の句碑の立っているのは僕には何か時代錯誤を感じさせない訳には行かなかった。江戸時代に興った「風流」は江戸時代と一しょに滅んでしまった。