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ほんじょりょうごく
本所両国
「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,005 字 · 43 页
をしてしまったこともあったらしい。しかし何処を眺めても、トタンぶきのバラックの外に「伊達様」らしい屋敷は見えなかった。「伊達様」の庭には木犀が一本秋ごとに花を盛っていたものである。僕はその薄甘いにおいを子供心にも愛していた。あの木犀も震災の時に勿論灰になってしまったことであろう。
流転の相の僕を脅すのは「伊達様」の見えなかったことばかりではない。僕は確かこの近所にあった「富士見の渡し」を思い出した。が、渡し場らしい小屋はどこにも見えない。僕は丁度道端に芋を洗っていた三十前後の男に渡し場の有無をたずねて見ることにした。しかし彼は「富士見の渡し」という名前を知っていないのは勿論、渡し場のあったことさえ知らないらしかった。「富士見の渡し」はこの河岸から「明治病院」の裏手に当る河岸へ通っていた。その又向う河岸は掘割になり、そこに時々どこかの家の家鴨なども泳いでいたものである。僕は中学へはいった後も或親戚を尋ねるために度々「富士見の渡し」を渡って行った。その親戚は三遊派の「五りん」とかいうもののお上さんだった。僕の家へ何かの拍子に円朝の息子の出入りしたりしたのもこういう親戚のあったためであろう。