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ほんじょりょうごく

本所両国

芥川 竜之介

「東京日日新聞」1927(昭和2)年5月6日〜22日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,005 字 · 43 页

青空文庫

僕はまたその家の近所に今村次郎という標札を見付け、この名高い速記者(種々の講談の)に敬意を感じたことを覚えている。――

僕は講談というものを寄席ではほとんど聞いたことはない。僕の知っている講釈師は先代の村井吉瓶だけである。(もっとも典山とか伯山とか或はまた伯龍とかいう新時代の芸術家は知らない訳ではない。)従って僕は講談を知るために大抵今村次郎の速記本によった。しかし落語は家族達と一緒に相生町の広瀬だの米沢町(日本橋区)の立花家だのへ聞きに行ったものである。殊に度々行ったのは相生町の広瀬だった。が、どういう落語を聞いたかは生憎はっきりと覚えていない。ただ吉田国五郎の人形芝居を見たことだけはいまだにありありと覚えている。しかも僕の見た人形芝居は大抵小幡小平次とか累とかいう怪談物だった。僕は近頃大阪へ行き、久振りに文楽を見物した。けれども今日の文楽は僕の昔みた人形芝居よりも軽業じみたけれんを使っていない。吉田国五郎の人形芝居は例えば清玄の庵室などでも、血だらけな清玄の幽霊は太夫の見台が二つにわれると、その中から姿を現したものである。寄席の広瀬も焼けてしまったであろう。