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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
と大学は思っていたのであった。
「船岡どの」と安芸が云った、「久方ぶりで、一つまいろう」
甲斐は目礼した。
給仕の少年が、安芸から盃を受取って立ち、甲斐の前へ来た。甲斐が盃を取ると、侍していた若待が酒を注いだ。甲菱は盃の中を見、その眼で安芸を見た。
「それは私が焼いたものだ」と安芸がいった、「涌谷でなぐさみに焼いたものです、船岡どのは酒好きだそうだから進呈しようと思って持って来た、お気にいらぬかもしれぬが、持って帰って下さい」
甲斐は「頂戴いたします」と云い、酒を飲むとすぐ、その盃を懐紙に包んで、ふところへ入れた。
奥山大学がまた話しだした。甲斐はしばらくして、手を洗いに立ったが、戻ってくると、しきりに飲みはじめ、やがて酔いつぶれてしまった。甲斐が酔いつぶれるまで、奥山大学はきえんをあげつづけた。
大学は誰をも好かない、ことに茂庭周防とは仲がわるかった。家老として、茂庭周防は首座である。七つも年下の周防が、自分より上位にいるので、気にくわないということもあろう。しかし、同じ席にいる大条兵庫や、古内主膳とも、うまが合わなかった。
安芸がいたからよかった。