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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
さすがの大学も、伊達安芸に盾をつく勇気はないらしく、同じいきまくにしても、ふだんよりずっと毒が少なかった。
甲斐が酔いつぶれると、周防は自分で立ち、若侍三人をよんで、寝所へ伴れてゆかせた。伴れてゆくというより、殆んどかついでいったというくらいの、酔いぶりであった。
そして夜明け前、寝所へはいって来る人のけはいで、甲斐が頭をあげて見ると、茂庭周防であった。
「まいろう――」と周防が云った。
甲斐は起きあがった。袴はぬいでいるが、着たままである、周防も常着の着ながしであった。
「四時ちょっと前だ」と周防が云った。
廊下へ出てゆきながら、甲斐が囁いた、「供のなかに内通者がいる、こういうことはよくない」
「やむを得なかったのだ」
「盃を使うなどは乱暴すぎる」と甲斐は云った、「私はこういうやりかたは好まない、筆の軸もそうだが、盃へ紅で書いて知らせるなどということは、危険をもてあそぶようなものだ」
「それがやむを得ないということは、わかっている筈だ」と周防が云った、「隠れた伝言や人使いなどでは、却ってかれらに嗅ぎつけられてしまう、人の面前でやるほうが、かれらの眼を眩ます、もっとも安全な手段なのだ」