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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
なんて考えるのは、奇怪なようだが、首斬りを人生の大事業とし、首斬りに絶大な歓喜を覚えていた戦国時代には首という者に、たとえ斬られた後にでも、生命が宿っていると思われていたのだ。歌舞伎年代記などに記載されているが、昔の芝居には、獄門首が恨みを述べたり、親子の名乗りをしたりするのは、普通の事件で、見物がそういうものを喜んでいた。道阿弥の首を賞翫しながら、若夫婦が蚊帳の中の寝床で盃の遣り取りをするのも、草双紙の趣向にもありそうなことである。相手の男を柱に縛りつけ、その鼻先の畳の上に白刃を突立て女に酌をさせながら一人で得意になっている光景を描いた芝居絵を、私は見たことがあった。縛られた男はその縛られ振りにも顔面の表情にも道化味があらわれていた。
それで、「武州公秘話」は、ちょっと見ると、徳川末期趣味を髣髴とさせているが、その趣味だけに停滞しないで、愛慾心理を追窮しているところに作者自身が意識するしないに関わらず、シリアスな感じが読者の心に伝わるのである。
永井荷風君は、青年期にフランス文化を羨望し、フランス趣味に魅惑されたので、今なおその痕跡を留めているにしても、江戸末期の文化や趣味に寂しい愛着を感ずることによって、自己の詩境を豊かにしている。