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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

其を後に乳母たちが聴いて、気にしたことがあった。山ごもりして居ると、小屋の上の崖をどうどうと踏みおりて来る者がある。ようべ、真夜中のことである。一様にうなされて、苦しい息をついていると、音はそのまま、真下へ真下へ、降って行った。がらがらと、岩の崩える響き。――ちょうど其が、此盧堂の真上の高処に当って居た。こんな処に道はない筈じゃが、と今朝起きぬけに見ると、案の定、赤岩の大崩崖。ようべの音は、音ばかりで、ちっとも痕は残って居なかった。

其で思い合せられるのは、此頃ちょくちょく、子から丑の間に、里から見えるこのあたりの峰の上に、光り物がしたり、時ならぬ一時颪の凄い唸りが、聞えたりする。今までついに聞かぬこと。里人は唯こう、恐れ謹しんで居る、とも言った。

こんな話を残して行った里の娘たちも、苗代田の畔に、めいめいのかざしの躑躅花を挿して帰った。其は昼のこと、田舎は田舎らしい閨の中に、今は寝ついたであろう。夜はひた更けに、更けて行く。

昼の恐れのなごりに、寝苦しがって居た女たちも、おびえ疲れに寝入ってしまった。頭上の崖で、寝鳥の鳴き声がした。郎女は、まどろんだとも思わぬ目を、ふっと開いた。