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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

あて人に仕えて居ても、女はうっかりすると、人の評判に時を移した。

やめい やめい。お耳ざわりぞ。

しまいには、乳母が叱りに出た。だが、身狭刀自自身のうちにも、もだもだと咽喉につまった物のある感じが、残らずには居なかった。そうして、そんなことにかまけることなく、何の訣やら知れぬが、一心に糸を績み、機を織って居る育ての姫が、いとおしくてたまらぬのであった。

昼の中多く出た虻は、潜んでしまったが、蚊は仲秋になると、益々あばれ出して来る。日中の興奮で、皆は正体もなく寝た。身狭までが、姫の起き明す灯の明りを避けて、隅の物陰に、深い鼾を立てはじめた。

郎女は、断れては織り、織っては断れ、手がだるくなっても、まだ梭を放そうともせぬ。

だが、此頃の姫の心は、満ち足ろうて居た。あれほど、夜々見て居た俤人の姿も見ずに、安らかな気持ちが続いているのである。

「此機を織りあげて、はようあの素肌のお身を、掩うてあげたい。」

其ばかり考えて居る。世の中になし遂げられぬもののあると言うことを、あて人は知らぬのであった。

ちょう ちょう はた はた。

はた はた ちょう……。

筬を流れるように、手もとにくり寄せられる糸が、動かなくなった。