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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
その光りで照し出されたのは、あさましく荒んだ座敷だけでなかった。荒板の牀の上に、薦筵二枚重ねた姫の座席。其に向って、ずっと離れた壁ぎわに、板敷に直に坐って居る老婆の姿があった。
壁と言うよりは、壁代であった。天井から吊りさげた竪薦が、幾枚も幾枚も、ちぐはぐに重って居て、どうやら、風は防ぐようになって居る。その壁代に張りついたように坐って居る女、先から嗽一つせぬ静けさである。貴族の家の郎女は、一日もの言わずとも、寂しいとも思わぬ習慣がついて居た。其で、この山陰の一つ家に居ても、溜め息一つ洩すのではなかった。昼の内此処へ送りこまれた時、一人の姥のついて来たことは、知って居た。だが、あまり長く音も立たなかったので、人の居ることは忘れて居た。今ふっと明るくなった御灯の色で、その姥の姿から、顔まで一目で見た。どこやら、覚えのある人の気がする。さすがに、姫にも人懐しかった。ようべ家を出てから、女性には、一人も逢って居ない。今そこに居る姥が、何だか、昔の知り人のように感じられたのも、無理はないのである。見覚えのあるように感じたのは、だが、其親しみ故だけではなかった。