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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
自然に、ほんの偶然強ばったままの膝が、折り屈められた。だが、依然として――常闇。
おおそうだ。伊勢の国に居られる貴い巫女――おれの姉御。あのお人が、おれを呼び活けに来ている。
姉御。ここだ。でもおまえさまは、尊い御神に仕えている人だ。おれのからだに、触ってはならない。そこに居るのだ。じっとそこに、踏み止って居るのだ。――ああおれは、死んでいる。死んだ。殺されたのだ。――忘れて居た。そうだ。此は、おれの墓だ。
いけない。そこを開けては。塚の通い路の、扉をこじるのはおよし。……よせ。よさないか。姉の馬鹿。
なあんだ。誰も、来ては居なかったのだな。ああよかった。おれのからだが、天日に暴されて、見る見る、腐るところだった。だが、おかしいぞ。こうつと――あれは昔だ。あのこじあける音がするのも、昔だ。姉御の声で、塚道の扉を叩きながら、言って居たのも今の事――だったと思うのだが。昔だ。
おれのここへ来て、間もないことだった。おれは知っていた。十月だったから、鴨が鳴いて居たのだ。其鴨みたいに、首を捻じちぎられて、何も訣らぬものになったことも。こうつと――姉御が、墓の戸で哭き喚いて、歌をうたいあげられたっけ。