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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

其でも男たちは、のどかな風俗を喜んで、何とも思わぬようになった。が、家庭の中では、母・妻・乳母たちが、いまだにいきり立って、そうした風儀になって行く世間を、呪いやめなかった。

手近いところで言うても、大伴宿禰にせよ。藤原朝臣にせよ。そう謂う妻どいの式はなくて、数十代宮廷をめぐって、仕えて来た邑々のあるじの家筋であった。

でも何時か、そうした氏々の間にも、妻迎えの式には、

八千矛の神のみことは、とほ/″\し、高志の国に、美し女をありと聞かして、賢し女をありと聞して……

から謡い起す神語歌を、語部に歌わせる風が、次第にひろまって来るのを、防ぎとめることが出来なくなって居た。

南家の郎女にも、そう言う妻覓ぎ人が――いや人群が、とりまいて居た。唯、あの型ばかり取り残された石城の為に、何だか屋敷へ入ることが、物忌み――たぶう――を犯すような危殆な心持ちで、誰も彼も、柵まで又、門まで来ては、かいまみしてひき還すより上の勇気が、出ぬのであった。

通わせ文をおこすだけが、せめてものてだてで、其さえ無事に、姫の手に届いて、見られていると言う、自信を持つ人は、一人としてなかった。