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ししゃのしょ
死者の書
折口 信夫
「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页
郎女は、父の心入れを聞いた。姥たちの見る目には、併し予期したような興奮は、認められなかった。唯一途に素直に、心の底の美しさが匂い出たように、静かな、美しい眼で、人々の感激する様子を、驚いたように見まわして居た。
其からは、此二つの女手の「本」を、一心に習いとおした。偶然は友を誘くものであった。一月も立たぬ中の事である。早く、此都に移って居た飛鳥寺―元興寺―から巻数が届けられた。其には、難波にある帥の殿の立願によって、仏前に読誦した経文の名目が、書き列ねてあった。其に添えて、一巻の縁起文が、此御館へ届けられたのである。
父藤原豊成朝臣、亡父贈太政大臣七年の忌みに当る日に志を発して、書き綴った「仏本伝来記」を、其後二年立って、元興寺へ納めた。飛鳥以来、藤原氏とも関係の深かった寺なり、本尊なのである。あらゆる念願と、報謝の心を籠めたもの、と言うことは察せられる。其一巻が、どう言う訣か、二十年もたってゆくりなく、横佩家へ戻って来たのである。
郎女の手に、此巻が渡った時、姫は端近く膝行り出て、元興寺の方を礼拝した。其後で、
難波とやらは、どちらに当るかえ。
と尋ねて、示す方角へ、活き活きした顔を向けた。