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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,340 字 · 126 页

青空文庫

其目からは、珠数の珠の水精のような涙が、こぼれ出ていた。

其からと言うものは、来る日もくる日も、此元興寺の縁起文を手写した。内典・外典其上に又、大日本びとなる父の書いた文。指から腕、腕から胸、胸から又心へ、沁み沁みと深く、魂を育てる智慧の這入って行くのを、覚えたのである。

大日本日高見の国。国々に伝わるありとある歌諺、又其旧辞。第一には、中臣の氏の神語り。藤原の家の古物語り。多くの語り詞を、絶えては考え継ぐ如く、語り進んでは途切れ勝ちに、呪々しく、くねくねしく、独り語りする語部や、乳母や、嚼母たちの唱える詞が、今更めいて、寂しく胸に蘇って来る。

おお、あれだけの習しを覚える、ただ其だけで、此世に生きながらえて行かねばならぬみずからであった。

父に感謝し、次には、尊い大叔母君、其から見ぬ世の曾祖母の尊に、何とお礼申してよいか、量り知れぬものが、心にたぐり上げて来る。だがまず、父よりも誰よりも、御礼申すべきは、み仏である。この珍貴の感覚を授け給う、限り知られぬ愛みに充ちたよき人が、此世界の外に、居られたのである。郎女は、塗香をとり寄せて、まず髪に塗り、手に塗り、衣を薫るばかりに匂わした。