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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

「どっちもあんまりみごとなものでしたから、それに久しくおみえにならないし、どうしていらっしゃるかと思って」そしていつもの媚のある眼をして云った、「――もしわるくなかったら、ちょっとお台所でなにか作ってみましょうか」

「せっかくだが」と安宅は答えた、「今日は寺で法事があるから、まもなくでかけなければならないんだ」

おりうはじっと彼の眼をみつめた、「怒っていらっしゃるの」

「死んだ女房の法事なんだ」

「あたしのこと、なにかお聞きになったんでしょ」おりうは安宅の言葉を遮って問いつめた、「きっとそうなのよ、あたしにはどんな陰口をお聞きになったか、およそ見当がついてます、だから衣笠へもいらっしゃらないんでしょ」

縁側のほうから、若い家士の栗原が茶菓の盆を持ってはいって来、益村の脇へそれを置くと、おりうに会釈して去った。おりうはすり寄って盆を引きよせ、茶を淹れて安宅にすすめた。

「昔こんなことがあった」と安宅は茶碗を取りながら云いだした、「――まだ少年のころだったが、好きな娘ができてね」

ちょうどあの庭のうしろに、その娘の家があった、と彼は手をあげて指さしながら、岡野さえとのいきさつを語った。