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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

いつもこんなことが繰返されるとは思わないが、自分の面目や意地や、自尊心などにこだわっては勤まらない、という点ではつねに変らないだろう。しかも最後にみのりの穂を摘むのは家老であって、留守役の名はその陰に隠れてしまう。この事実を知ったら、家中ぜんたいの留守役に対する誤解や偏見は一掃されるに違いない。酒や遊興は自分の好ましいときに、自分の費用でまかなってこそたのしいものだ。役目のために心ならずも遊里に出入りし、飲みたくもない酒を口にするのは苦痛であろうし、よほどの忍耐力がなくてはなるまい。益村はいつか、祖父の代からこのように育てられた、と云っていた。幾たびか聞いたように記憶するし、そのたびに都合のいい自己弁護だと思っていたが、そうではなかったということが、自分でじかに接してみて、こんど初めてよくわかった。心の底からなどとは云わない、おれのこの肌でじかに感じたのである。――酒や遊興もこのように役立てるとすると、一朝一夕で身に付けるわけにはいかないだろう、益村の云うことが正しかったのだ。鶴井さんの場合も例外ではなかった。おどろいたことに、あの人が口べたですぐ返辞したり、吃ったり、鼻を揉んだりするのは、留守役としてのあの人の技巧だったのだ。