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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

「まだ降っているかな」安宅は立って、庭に面した障子をあけ、降っているというだけだな、と呟いて障子を閉め、こっちへ来て坐りながら云った、「――ここへ来る途中、仁斎橋のこっちで老人と会ったんだ」

「あたししんけんなのに、またはぐらかすんですか」

「老人は息が匂うほど酔っていた」と安宅は構わずに続けた、「そしてこう云うんだ、――雪のくるのを待っていたが、待ちきれなくなって飲みに出た、ところが飲むだけ飲み、いい心持に酔って帰ろうとしたら、そこで肝心の雪が降りだした」

「またはぐらかすのよ」

「それが本当のことなんだ」安宅は喉で笑った、「そうして老人は、さも不服そうに云ったよ、これはいったいどういうつもりのものか、一向にわけがわからないってね」

おりうは彼をにらんだ、「それを仰しゃりたかったのね」

「雪が降るのにどういうつもりもないだろう、おりうがいにくくなるのも自分の気のもちようじゃないのか」と彼は穏やかに云った、「このうちの者たちはみなおれのことをよく知っている、ことにあるじ夫婦はよくできた人間だ、遠い江戸から来ているおりうに、辛く当るようなまねはする筈がないよ」