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たきぐち

滝口

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页

青空文庫

と女中がしらのおわきが云った、「ふんとに、八月にはいったとたんに、こんなんも涼しくなるんですもの、ばかみたようですわ」

「正直なのか、ばかなのか」

おわきは燗徳利へ手を伸ばしかけて、「え」とけげんそうに振り向いた。

益村安宅は「なんでもない」と首を振りながら盃をさしだした。おわきはそれに酌をして、徳利を持ったままの手を膝へおろし、ひどくまじめな顔で益村を見た。

「わたし」とおわきは低い声で云った、「益村さんに申上げたいことがあるんですけど、いきませんかしらん」

「いいだろう」と益村は答えた。

おわきが話し始め、益村は庭のほうを見た、この料亭「衣笠」はコの字形の二階造りで、中庭には琵琶のかたちをした池があり、それには石造りの太鼓橋が渡してあるし、芝を植えた築山には腰掛の亭があった。松、杉、楓、樫、桜、梅、百日紅などの木が、庭いっぱいに植えてあり、それらの一本ずつは、よく見ると枝ぶりがみごとだったり、幹に珍らしい蘚苔が付いていたり、梅などは描いたような臥竜の姿をかたちづくっているが、ぜんたいとして見ると統一がなく、一本ずつが選りぬきの木であることによって、互いにその値打と美しさを相殺しあっている、というふうに眺められた。