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たきぐち
滝口
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1963(昭和38)年11月〜1964(昭和39)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 49,815 字 · 99 页
「驚かして済まない」安宅は右手に持った抜き身の刀をひらっと動かした、「これからいっしょに逃げてくれないか」
おりうは吃った、「いったい、なにがあったんですか」
「あいつを斬った」
「斬った」おりうはけげんそうに安宅のようすを見た、「なにを仰しゃってるの」
安宅はふところ紙を出し、念入りに刀身をぬぐった。
「あいつが騙し討ちをしかけた」と彼は白刃をみつめながら云った、「それで斬った」
おりうはまた大きく息をひき、それからふるえ声で、「あの人をですか」ときいた。
「芳村伊織をだ」と安宅は答えた、「浪人者でも人間ひとりを斬ればこの土地にはいられない、いっしょに逃げてくれ」
「あの人を斬ったんですか」おりうの手から提灯が落ちそうになった、「あんな気の弱い、可哀そうな男をあなたは殺しちまったんですか」
「向うが騙し討ちをしかけたんだよ」
「あなたほどの方が、騙し討ちをしかけるようなみれんな男を、斬ったんですか」とおりうは叫んだ、「女ひとりのために身をほろぼしたあげく、こんな遠い田舎の城下町まで追って来て、うろうろ付きまとうようなだらしのない男を、情け容赦もなく斬っちまったんですか」