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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

年は三十に近いであろうか。

名は梶子と云うのであった。

(まあ民弥様がおいでなさる。姉小路様のお供をして、江戸へ来られたとは聞いていたが、ここでお見かけしようとは)

思慕に堪えないというような眼付きで、梶子は民弥に見入っていた。

その梶子という年増女に、見入っていられるとは夢にも知らず、民弥はソロソロと歩き出した。

菊女を追って萩丸の一行が、山門の方へ歩いて行くのを、民弥は従けて行くのであった。

と、梶子は立ち上がった。

いくらかの鳥目を牀几へ置くと、急いで茶店から外へ出た。

これは民弥を追うのらしい。

その梶子は茶店を出る時、同じ茶店の隅の牀几に、これも腰かけて茶を飲んでいた、編笠を冠った浪人らしい男へ、チラリと合図の眼まぜをした。

と、その浪人も茶店を出て、ずっと梶子とは離れながらも、梶子の後から従いて行った。

もし誰かが編笠の中の、浪人の顔を覗いたなら、左半面に黒い痣が、ベッタリと出来ているのを見、おそらくゾッとしたことであろう。

入谷田圃で紀州藩士に味方し、鵜の丸兵庫と刀を交じえた、あの浪人がこの男なのである。

名を刃三十郎と云い、最近京都のある方面から、梶子に対する附け人として遣わされたところの男なのである。