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ねこののみとりぶし
猫の蚤とり武士
国枝 史郎
「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页
菊女は山門の方へ歩いていた。
いかに同志のためとはいえ、いかに兵庫の頼みとはいえ、色仕掛けで萩丸を誘惑することなど、彼女としては不本意なのであったが、のっぴきならぬ破目となって、今実行しているのであった。
菊女を追って行く萩丸の心は、狂人じみたものであった。
彼は紀州家の御曹子で、世間知らずの初心の若殿で、それに年も十八で、その上おく手で早熟ていなかった。で、これまでは女に対しては、ほとんど関心を持っていず、女からも関心を持たれなかった。その彼が美しい清らかの娘に、手を握られて笑いかけられたのである。
全くはじめての経験であり、奇蹟のような出来事であった。
で、ほとんど狂気じみた心で、ウカウカと追って行くのであった。
菊女はやがて山門を出た。
山門を出ると大通りで、商家がビッシリと並んでいる。
そこを菊女は歩いて行った。
と、急に振り返り、充分に媚を含ませて、萩丸の顔へ笑いかけ、それから露路へ駆け込んだ。
萩丸は全身一刹那、麻痺を感じたほどであった。
そうしてその次の瞬間には、家来のことなど打ち忘れ、見えなくなった菊女の後を追い、電光のように露路へ駈け込んだ。