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ねこののみとりぶし

猫の蚤とり武士

国枝 史郎

「夕刊大阪新聞」1934(昭和9)年8月7日~12月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,496 字 · 368 页

青空文庫

「キヘン? キヘン? キヘンって何?」

「『木』さえお忘れでございますか。これはどうも困ったことで。こう書くのがキヘンでございます」

嘉門はそれを書いてみせた。

「ああそうかい、ソレ書いたよ」

しかし萩丸の書いた文字は「木」ではなくて「手」であった。

「それは『手』でございます。キヘンはこうでございます」

嘉門は「木」を書いてみせた。

「ああそうかい、何んでもないんだねえ」

そう云って萩丸は「木」を書いたが、今度は旁を目茶目茶に書き、けっきょく「様」という字は書けなかった。

(これはどうにも始末がわるい)

嘉門は嘆息してしまった。

萩丸が以前書いたところの、宥免状を入れた人形が、箱ぐるみ紛失してしまった。

その宥免状は手にはいるまい。

仕方がないから萩丸をして、もう一通宥免状を書かせようと、こう考えて書かせにかかった。

ところが萩丸は痴呆になってしまって、文字をほとんど忘れてしまった。

で、あらためて習字させて、それを書かせようとしたのであったが、その結果はこのありさまなのであった。

今夜はじめての試みではなく、とうからやっていることなのであったが、いつもいつも失敗するのであった。