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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
海には、唐船が帆ばしらを並べ、街には、舶載物を売る店舗や、武具をひさぐ商人が軒をならべ、裏町には、京や堺から移住して来た工匠たちが、糸を染め、鏃を鍛え、陶器を焼き、殷賑な煙がなびいていた。
『文化は進んでいるが、そのかわりに、人間は甘いぞ』
と、石田大七は、すたすたと、城下へ向って足を早めながら、愈※(二の字点、1-2-22)、北条を見くびった。
酒匂の木戸は、往来人の検めに厳密をきわめていたが、誰あって、彼を敵国の乱波者(間者)と見やぶる者はなかった。
だが、その彼の姿を見ると、町の洟たらしや、しらくも頭や、悪童たちが、
『やあい、ぼんやり飴屋』
『唖か』
『唄を忘れたのか』
『胸の人形が欠伸しているぞ』
と、ぞろぞろ尾いて来て、揶揄った。
大七は、ぎょっとした。
ここが北条氏康、氏政の本拠かと、事々物々に思わず眼を奪われて、うっかり歩いていたのであるが、気がついてみると、自分の姿は、阿波人形を飴箱の上に乗せ、それを首に掛けている飴売なのだ。その飴売が無口になって、眼ばかり光らせて歩いていては、なる程、唖と思われよう。
『子どもは、怖い』
と、呟やきながら、大七は、朱い横笛を持って、城下の辻で、ひゃらひゃらと吹き初めた。