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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
畑の天人
『なんだろう?』
旅人は眼をさましたが、木賃宿の家族などは、近頃は、兵馬の音に馴れてしまって、豚のように眠っていた。――すると軈て、
『この辺を一応さがせ』
がやがや引っ返して来た北条方の兵が、一軒一軒、たたき起して、ここの木賃宿へも三、四人入って来た。
畑の天人
『怪しげな奴は泊っていないか』
外の兵が、軒下から呶鳴ると、
『居ない居ない』
と、首を振りながら、木賃宿へ検めに入った連中は出て来た。
『とうとう逃がしたか』
『女で、あんな巧みに、馬を操るものがあるだろうか』
『それや、兵学家の東郷五郎左衛門の娘だもの。馬術ぐらいは』
『その馬も、陣所から、隙をうかがって奪って行った馬だぞ。不敵さの底が知れぬ』
『一心だからたまらない。――親のゆるした――しかも自分も愛している未来の良人の立て籠る城へさして行こうという女ごころ。――これには、男が戦にのぞむ勇気もかなうまい』
『男と生れたら、そういう女に、一度は想われてみたいな』
『足軽では、まず見込みがない』
『ははは。だが、相木熊楠ほどな軍功のある男をも振り向かないところを見ると、身分や、男振りには関わるまいぜ』
断念したとみえて、人数をまとめて、引揚げて行くのであった。