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かがりびのおんな

篝火の女

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页

青空文庫

不落の城

夜になると、行軍はずっと楽になった。萩乃は、人にかくれて、泣いてばかりいた。

翌る日の朝早く、安中の城下に人馬は着いた。そこでも萩乃は、真っ暗な絶望にぶつかった。なぜならば、安中城の城壁のうえに見える旗差物は、すべて、北条勢と、武田勢のものであった。

甲相両軍の寄手をうけて、半年近く、孤城をささえていた城将の安中三郎進は、きのう暁がた火を放って、父越前守が立て籠っている松井田城へ落ちのびて行ったといううわさであった。

不落の城

夢でもみたのか、相木熊楠は、

『八雲っ』

と、大きな声で云って、自分の声に驚いたように、がばっと、楯のうえに起き直った。

青い月の光が、陣幕に射している。――真夜半は、具足のままでも肌寒い。

幕のすそへ、身をかがめて、魚住十介が片手をついた。

『お呼びでしたか』

『いや……呼びはせぬ』

『お声がしましたが』

『知らぬ』

『耳のせいですかな』

十介が、立ち去ろうとすると、

『待て待て。何か俺が云ったか』

『戦のお疲れでしょう。囈言のように――』

『な、なんと云った?』

『八雲と、仰っしゃったようで』

熊楠は、苦りきって、大きな男性的な唇を声なくうごかしていたが、