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かがりびのおんな

篝火の女

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页

青空文庫

娘は、ちょっと顔いろを変えて、

『ばかな云うて、おらは何も、連れて行かれるような悪い事はしないもの』

『だがサ、怒っちゃいけねえよ、ゆうべ北条方の足軽が探していたのは、女だと聞いたから、それで心配してやったんじゃないか』

『女なら誰でも捕まるという法があるもんじゃない』

『けれど、その女も美麗な女だという噂だし、おめえも、美しい方だから』

『知らないよ』

『あ痛っ』

外郎売は顔を抑えた。煎豆が一粒、その手の指のあいだに挾まった。

娘は、ぷんぷんと、怒り顔に、足を早めてゆく。

だが、どう侮辱されても、外郎売は離れない。後になるか先になるか、きっと彼女の影から半町とは距たない間にあった。

『ちっ……』

舌打ちをして田舎娘は何か思案していたが、次の日、古河の町へ入ろうとすると、ここはもういっぱいな軍馬であって、北条方の里見義介や、千葉新助などの率いて来た房総の兵が、約七百ほど屯しているのであった。

いや、ここばかりではない。

附近の部落や利根川べりの要所要所、いたる所に兵が居、馬が嘶いていた。平野には、母衣を負った伝令の騎馬武士が駈けているし、畑には、茶褐色の具足をつけた足軽が、槍を伏せて、夜となく、昼となく、西の方を見張っている。