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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
色が白くて、笑靨が深かった、笑うと、すこし齲の蝕っている糸切歯が唇からこぼれて見える。
『姫さま。めずらしく、外をごらん遊ばして、何がお心にとまりましたか』
『おまえには、聞えない?』
『なんですか』
『あの笛の音が――』
『飴売でございましょう』
『ちがう』
八雲は、首を振った。
萩乃は、黒い糸切歯を、ちらと笑んだ唇元から見せて、
『――では何の笛と仰っしゃいますか』
『あれを、ただの笛と聴くのは、おまえの耳がどうかしていますよ。あれは、杜鵑管です』
『えっ』
萩乃は、耳を欹てながら、
『どうして、それがお分りになりますか』
『いちどでも、自分が、この唇を歌口に当てたことのある笛の音を、何で忘れてよいものか。しかも世間に幾つとは無い名笛でもあるし……』
『そういえば、ただ子ども寄せに吹いているようでも、どこか、余韻がちがうような気もしますね』
『私の耳に、間違いはない』
自信をこめて、八雲は云った。
その杜鵑管という笛は、先おととしの事、まだ彼女の父が壮健で、近国の乱も小康を得ていた折、京都へ上洛って、清水へ詣った時に、稀一度父の手に入ったことのある品なのである。
八坂の下の古い古物屋に埃にまみれてあったのだ。