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かがりびのおんな

篝火の女

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页

青空文庫

『そうか……いや、そうかも知れない。……折角、味方の里見義介が捕えてくれたあの女を、吟味の都合上、俺の陣屋へ受け取ったはいいが、もしも亦、逃げられでもしたらいい恥をかくと、それを常に気がかりにしているから、夢にまで、八雲が逃げた夢を見てしまった。ははははは』

『もう、二十日あまり、仮屋に寝かしてありますから、体もすっかり癒ったはずです。今夜あたり曳き出して、お調べになっては何うですな』

『まあ急ぐことはない』

と、かぶりを重く振って、

『――今日は俺も戦につかれている』

『それもそうで』

『ただ、逃がさぬ様に、逃がさぬように』

『十名ずつ、交る交るに、番を立たせてあります故、それはお案じなく』

十介が立ち去ると、彼は又、楯のうえに、具足の音をずしりとさせて、手枕をかってまどろんだ。

ここは、妙義山を後に負って、碓氷川を前にした丘の陣地だった。敵の安中越前守と三郎進の父子が立て籠っている松井田の城は、川を距てて此処から指さすことのできる要害な地にあった。

妙義、浅間、榛名の三山のふところに囲まれているようなこの城の地の理には、武田勢も手をやいてしまったらしい。