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かがりびのおんな

篝火の女

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页

青空文庫

――いや相木熊楠がその以前、師の礼をとって、東郷家へ出入していた頃から見れば、さらに、清純な処女美は増しているようにすら彼には見える。

『八雲! ……』

『…………』

『八雲っ! ……』

沈痛な恨みのひびきをこめた熊楠の声であった。おそろしいような眉の表情である。歯は唇のわななきを固く縛っていた。

『……相木熊楠の名をよもや忘れはしまいな。俺は、夢寐の間も忘れていない。男が、この胸へ、生涯焼きしるされたものを……。それが何であるかは、やがて、思い知るがよい』

八雲は、きっと顔をふり上げた。その顔に、その眸に、赫々と赤い篝火が燃える。彼女の心をそこで焚いているように。

『見さげ果てたお人ではある! それが武士の心根ですか! 私にはあなたの心の裡などわかりませぬ。ただ卑劣な武士よと、蔑まれるだけのこと。もう、この期になって、何もいうことはない。ただ、そなたも人間なら、力の弱い女子が、この戦国のみだれた世の中で、女子の道のために戦うことのどんなに苦しいかぐらいは分るでしょう。一粒の涙でもあるならば、私を松井田城の下へ立たせてください。たった一言、私は自分の心を――女子の心根を――あの孤城のうちにいる安中三郎進様に呼びかけて死にたいのです。