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かがりびのおんな
篝火の女
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1935(昭和10)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,727 字 · 56 页
後閑の間道から風戸峠へと、やがて、悍馬は死にもの狂いでのぼってゆく。――一面の鏡のように、やがて遙かに榛名の湖が見えてくると、
『おうっいっ。……おうっいッ……』
あらんかぎりの声をもって、峰へ、谷へ、高原の彼方へ、呼ばわっている。
すると、もう秋草の繚乱な高原の彼方で、旗差物を打ち振るものがあった。――二百人ほどな軍馬があった。
その列から歩みだして、相木熊楠を迎えるもののように、粛然と立ちならんでいたのは、安中三郎進であり、又、先に小田原の城下へ密使として行った乱波者の石田大七であり、又その側にいるのは萩乃であった。
『待ちかねておざったろう』
駒を寄せると、熊楠は、紫の太紐を解いて、絶えず宥るもののように抱えていた八雲の体を、鞍つぼからそっと摺り下ろした。
『おうっ……』
三郎進と、八雲とは、手をとりあって、秋草の中に埋まった。すべてが、八雲にはまだ夢のようだった。見れば、自分を数尺離れて、きのう迄、彼も恨み、自分も憎んでやまなかった相木熊楠が、両手をついて、顔もあげ得ずに――しかもこの荒々しい強者が、涙で顔をいっぱいに汚して、その顔も上げ得ずにひれ伏しているではないか。