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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

02 中巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页

青空文庫

、記事が頭へ這入りにくく、何となく親しみが湧いて来ないので、直きに新聞にも飽きて、ぼんやりと川の両岸の人通りを眺めていた。昔、娘の時分に父と泊っていた采女町の旅館と云うのも、つい川向うの、此処から今も屋根が見えているあの歌舞伎座の前を這入った横丁にあったので、このあたりは全然知らない土地ではなく、ちょっと懐しい気持もして、道玄坂とは一緒にならないが、でもあの頃には東京劇場とか演舞場とか云うようなものは建っていず、この川筋の景色も今とは可なり違っていた。それに、父に連れられて来たのはいつも三月の休暇の時で、九月の今頃東京にいたことはないのであるが、こうしていると、こんな街のまん中でも、風の肌触りが冷え冷えとして、いかにももう秋だと云う感が深い。阪神間ではまだこんなことはないであろうが、矢張東京は寒い土地柄だけに秋の訪れが早いのであろうか。或は颱風後の一時的現象で、又暑さがブリ返すのであろうか。それとも旅先の風は故郷の風よりも身に沁みて感じられるのであろうか。………何にしても、さしあたり杉浦博士の診察を受ける迄まだ四五日はあるのだが、その間をどう過したらよいか。