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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
その時の話だと、四五日前から板倉は中耳炎で耳だれが溜り、神戸の中山手の磯貝と云う耳鼻咽喉科へ通っていたが、一昨日になって乳嘴突起炎を起したから手術しなければいけないと云われ、昨日その医院へ入院して手術をした、幸い経過良好で、当人は至極元気にしており、僕に構わんと東京へ行っていらっしゃいと云ってくれるので、折角支度したことでもあるし、平素から頑健な、殺しても死にそうもない男のことで、心配もないと思うから立つことにした、と云っていたのであるが、その板倉の容態に何か急変があったのだと見える。電話は中こいさんがお懸けになったらしゅうございますと云うので、多分板倉の妹か誰かが医院の方から知らせて来たので、雪子としても捨てて置けず、直ちに此方へ通じたのであろう。乳嘴突起炎は手術をすれば別に心配はない筈だけれども、手後れになると往々脳を侵されるので、一命に関わる場合もあり得る。兎に角あの男が、わざわざ雪子から電話で知らせて来るような状態になったとすると、経過が面白くないに違いない。
「どないする、こいさん」
「うち今直ぐに浜屋へ帰って、立つことにするわ」
妙子は顔色も変えず、いつもの落ち着いた調子であった。