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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
02 中巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 194,628 字 · 371 页
貞之助も、雨が洋服に滲み透って寒くなって来たので、レインコートと上衣を脱いで腰掛の背に懸け、ブランデーを一二杯飲んでから煙草に火をつけた。腕時計は一時を示していたが、一向腹が減って来ないので、弁当を開く気にはなれなかった。彼が腰かけている席から山手の方を望むと、ちょうど本山第二小学校の建物の水に漬かっているのが真北に見え、一階南側に列んでいる窓が恰も巨大な閘門のように夥しい濁流を奔出させているのであったが、あの小学校が彼処に見えるとすると、今この列車の停っている位置は甲南女学校を東北に距ること僅々半丁程の地点であることは明かであり、従って、此処から目的の洋裁学院へは、平日ならば数分を出でずして到達出来る訳であった。が、そうこうするうちに車内の生徒たちもだんだん前のような元気がなくなり、誰も申し合せたように真剣な顔つきになり始めた。と云うのは、実際事態が笑いごとでなくなりつつあることが、血気盛な若者達の眼にも否み難くなって来たからであった。貞之助が首を出して見ると、さっき自分が生徒たちと一緒に通って来た路、―――本山駅とこの列車との間の線路は、完全に水に没し去って、この列車のある所だけが嶋のように残っていた。